決して美しいとはいえない
葉山の長者け崎の砂浜のあたりを、彼は、
意味もなく散歩しました。
あき缶やら、ビニール袋やらが
散乱するのにまじって、それは、そこに、
ポツッところがっていました。
一塊の流木。
それは、生気を失い、砂にまみれて。
どう見ても、ただの破片であり、
どうにも、所在なさげでした。
ボタンや、5円玉ほどの価値もなさそうに、
せいぜい、けとばすか、ふみつけるか、
燃やされてしまうかの
運命しかなかったはずです。
彼は、男っぽい頑丈な精神力と、
独特の鋭敏な発想力とをあわせ持つ人ですが、
特別、慈悲深いという話は聞きませんから、
彼が、その流木を家に持ち帰ったのも、
おそらく、ヒマだったからでしょう。
ちょっとした気まぐれのはずです。
が、しかし、
彼の造形作家としての非凡な目線
(50すぎているとは思えない純粋で、無邪気で、
会う人の気持ちをサラッと
撫でるのがうまいその目)が、
その醜悪な一塊の流木の息を吹き返させ、
翼を思い出させました。
それは、一瞬、鳥に、なりました。
ゴミの中にいた、鳥。その不思議なリサイクルは、
声高に「地球にやさしく」などを
主張したりはしませんが、
人が自然に対してできる"粋なはからい、その@"
みたいな感じです。
地球も捨てたもんじゃないぞ、と照れながら、
彼が伝えてくれている気がします。
彼の名は、針原修です。
へんなものを見つけて、へんなことを思いついて、
人をにっこりさせる達人です。
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